道具の話 2 – 左利き用の刃物

裁ちバサミ 道具
表具・表装用の裂を裁断するのに使う裁ちバサミ(右利き用)

私は左利きです。正確にははしは左手で使うけれど、字は矯正されたので主に右手で書くという風に、用途や道具によって使い勝手の良い方の手を使う両利き(交差利き)です。字は右手で書きますが、消しゴムは左手で使いますし、ラインマーカーは両手で引けます。刃物は右利き用のものが多いので、使い勝手の良いように主に右手で扱うのですが、自分の仕事道具には左利き用の刃物もあり、その時々で使い分けています。

左利きを矯正されたのは祖父と父の方針で、仕事柄、毛筆を扱うことが多いことと、世の中の道具は右利き用ばかりで、特に刃物は右手で使わないと大怪我をするおそれがあるからというのが理由だったそうです。なので、字を書くことと刃物を使うことだけは右手に矯正されました。その他は特に矯正されませんでしたが、駅の自動改札機の切符投入口や自動販売機の硬貨の投入口など、世の中の多くのものは右利き用にデザインされているので、結果的に多くのもので使い勝手の良い方の右手も使えるようになりました。

ここでは表具師が使う道具の内、代表的な刃物について、両利き(交差利き)の立場からお話ししようと思います。

表具師が使う刃物

刃物は刷毛はけなどの他の道具類以上に特に良質のものを選ぶ必要があります。なぜなら、切れ味の悪い刃物では紙やきれの裁断が上手くいかず、仕上がりに大きな影響を与えてしまいます。とはいえ、いかに良質の刃物でも、それを使いこなす腕前が無ければ活かすことができません。

丸包丁まるほうちょう

表具に使う紙(和紙)や裏打ちをした裂を裁断するのに使う丸みを帯びた片刃の断ち包丁たちぼうちょうです。ティッシュペーパーよりも薄い和紙や、裏打ちをした裂などは、通常のカッターナイフで切ると刃先が引っかかって破ってしまったり、ほつれてしまったりするのですが、丸包丁は丸みを帯びた形状のおかげで引っかかることなく、また、片刃のおかげで定木じょうぎにピタッとくっつくので糸がほつれる心配がありません。

切れ味が落ちてきたら簡単に刃を折って使えるカッターナイフとは違い、砥石といしで研がなくては切れ味は回復しませんので手入れが簡単とは言えませんが、手に馴染んだ愛用の1丁(右利き用)を使い込んでいます。

丸包丁は片刃なので、一般的には右利き用に作られています。もちろん左利き用もありますが、左利き用の刃物しか使えないと他の人から道具を借りることができませんし、右利き用の刃物を左手で使うと大怪我をしやすいという理由から、祖父と父が刃物を右手で使うように矯正してくれたおかげで、私は右利き用のものが使えます。実際、需要と供給のバランスなのか、左利き用は選択肢が少ないうえになかなかお高いのが難点なので、右利き用のものが使えて助かってます。

丸包丁に代わるもの

丸包丁に代わるものとして愛用しているのは丸刃(メス刃)のカッターです。カッターナイフですが丸みを帯びた形状なので刃先が引っかかることもなく、両刃でも刃が薄いので定木に沿って切る時に糸がほつれにくい利点があります。また、曲線を切り抜く作業もしやすく、長らく愛用しています。

ただ、直線を切るには小さいので、丸包丁の方が適しています。

また、普通のカッターナイフも刃の大きさと厚みの違う数種類を使い分けています。常に切れ味の良い状態を保つため、おそらく皆さんよりも刃をパキパキと折って使ってると思いますよ。

出刃包丁でばぼうちょう

魚を捌くときに使われることが多いのでご存じの方も多いと思いますが、刃が分厚く重たいので、力を入れても刃先がしなったり曲がったりし難く、物を切ったり削いだりするのに活躍する出刃包丁。これも片刃なので定木や留め切り台とめきりだいに添わせて押し切るのに適しています。

よく研いだ出刃包丁の切れ味は鋭く、刃に指が触れると出刃包丁の重さだけでスパッと切れてしまいます。まぁ、奇麗に切れるので、切れない刃物で切った時よりも傷の治りは早いですが……。

出刃包丁は左利き用と右利き用を1丁ずつ愛用しています。子供の頃、右利き用の出刃包丁を使った時に左手の中指を切ってしまい、出刃包丁だけは左利き用のものを買ってもらいました。1級の検定を受けるまでは左利き用のものしか使っていませんでしたが、その後、右手の訓練をし、今では右利き用のものも左と同じくらいに使いこなしています。

出刃包丁に代わるもの

出刃包丁に代わるものとして、登山ナイフやカッターナイフを使うこともありますが、片刃ではないので、こればかりは完全な代役は務まりません。

裁ちバサミたちばさみ

裏打ち前の表具・表装用の裂を裁断するときに使う裁ちバサミ。洋裁で布を裁断するときに使うハサミと同じものです。

ハサミですからもちろん右利き用と左利き用があります。でも、私が子供の頃は左利き用のハサミなど普及しておらず、右利き用のハサミを普段は左手で使っていました。ただ、紙と違って裂は切り難く、裁ちバサミを使って裂を切る方法を教えてもらったときに、右手の方が使いやすいと感じたので、それ以来、右手で裁ちバサミを使うようになりました。裁ちバサミ以外は左手で使うこともありますが、今でもうちにあるハサミは全て右利き用です。

裁ちバサミに代わるもの

裏打ち前の裂を切るのに、丸包丁、丸刃(メス刃)のカッターナイフは使えます。でも、裁ちバサミの方が手間なく素早く切れるので、裁ちバサミは表具・表装に必須の道具です。

鉋かんな

襖の建て合わせや、額や屛風、衝立の下地調整など、木を削る作業に二枚刃の平鉋ひらがんなはよく使います。これは右利き用も左利き用もありませんので、使い勝手の良いものを使っています。出先で建具の調整をするときに、釘を引っ掛けて刃が欠けてしまうと使えなくなるので、車には替え刃式の平鉋を積んでます。

また、障子や戸襖の切込みに使う決り鉋しゃくりかんな(作里鉋しゃくりかんな)や屛風や額の縁の面取りに使う面取鉋めんとりかんななど、特殊な鉋が数種類あります。ただし、これらは特殊用途なので普段はあまり出番がありません。

鋸のこぎり

鋸は細かな作業をするために、片刃・横挽よこびき胴付鋸どうつきのこぎりをよく使います。これも右利き用・左利き用の違いはありませんので、刃の細かさや刃の長さの異なるものを作業に合わせて使い分けています。

鑿のみ

引手の穴をあけたり、ホゾ穴をあけたりするのに使う叩鑿たたきのみ。作業に合わせて刃幅の違うものを数種類使い分けています。これも右利き・左利きの区別はありません。

道具選びのポイント – 左利きの視点から

私の知る限り、日常生活において左利きの表具師さんはそこそこいらっしゃいます。私が所属する兵庫県表具内装組合連合会の役員さんの中にも、私を含めて数人います。でも、仕事は完全な左利きではなく両利き(交差利き)で、片刃の刃物やハサミは右利き用を使っていらっしゃいます。これは、何人かの職人さんと共同で作業する上で、道具を共用したり、材料の無駄をなくしたり、作業効率を上げるうえで必要になるからという理由が大きいです。また、師匠や先輩の職人さんから仕事を教わる(技術をまねる)際に、右利きの職人さんから仕事を教わることが多いというのも理由の一つでしょう。

手先の器用さを要求される職人は、一般に右手または左手しか上手に使えないよりも、両手がバランスよく使える方が有利です。世の中の多くのものは右利き用にデザインされているので、左利きの人も強制的に右手を使わなくてはならない機会も多いので、左利きの人はそれなりに両手が使えるようになると思うのですが、本気で職人を目指すのであれば、右利きの人も左手が使えるよう訓練する価値があると思います。そういう意味では、両利き(交差利き)に矯正してもらったことは正解だったと感謝しています。

まとめ

以上のように、表具・表装で使う刃物は片刃のものが多いです。事故を避けるためには、やはり利き手にあった道具を選ぶことが大切です。特に表具・表装を仕事にするのではなく、あくまでも趣味の範囲で楽しむのであれば、怪我をするのは本当にあほらしいので、利き手にあった使いやすい道具を選ぶべきでしょうし、利き手にあった使いやすい道具を選んで練習する方が上達が早いと思います。

カルチャーセンターの表装教室であれば、左利き用の道具を用意していることも多いですし、講師をされる方も教えることに慣れていらっしゃると思うので、実際に使ってみてどちらが適しているかを講師に相談してみてはいかがでしょうか。

刃物は刷毛などの他の道具類以上に特に良質のものを選ぶ必要があります。まだまだ左利き用の道具は高価ではありますが、昔よりも充実していますから、きっとあなたに合った良い道具が見つかると思いますよ。

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